スイス学会参加記 岩井隆夫

スイス社会経済史学会 [2003年5月16日]

農民戦争350周年記念講演会 [ルツェルン歴史協会主催 2003年5月17日、ズールゼー市立劇場]

スイス社会経済史学会

 今年の大会のテーマは、広い意味の社会史に属する「労働時間と余暇」でした。
 John K. Walton(University of Central Lancashire)による基調報告(「余暇の歴史:テーマ、視角および問題の所在」)は、このテーマについての研究動向と今後の課題を手際よく整理したもので、Walton教授の関心は主として20世紀にありますが、写真や絵葉書などを積極的に資料として利用していることに興味を持ちました。
 昼食と会員総会を挟んで、三つのセッション(A: 中世後期・近世、B: 近代:空間、C: 近代:関与者)に分かれて、各々7本の報告と質疑応答がなされました。
 私はAセッションに参加しました。報告者と報告のタイトルは以下の通りです。
@Yann Dahhaoui(DEA, Univ. de Paris I)
 「中世末期の狂人の祭:若き聖職者の儀礼化した余暇?(La Fete des Fous a la fin du Moyen Age: loisir ritualise des jeunnes clercs ?)」
AOliver Landolt(Dr. phil., Archivar Schwyz)
 「中世後期・近世における都市の市参事会員やその他の政治的指導階層の執務時間負担(Arbeitszeitbelastung von stadtischen Ratsherren und anderen politischen Fuhrungsschichten im Spatmittelalter und in der fruhen Neuzeit.)」
BPhilipp Caretta(lic., Universitat Zurich)
 「15世紀のチューリヒにおける暇つぶしとしての娯楽(Spielen als Freizeitbeschaftigung im Zurich des 15. Jahrhunderts.)」
CMyriam Gessler(lic., phil. Universitat Bern)
 「バーデンの湯治場(1415年〜1714年)(Die Bader von Baden(1415-1714))」
DBeat Kumin(Universitz of Warwick)
 「労働と余暇の緊張の場としての宿屋(Wirtshaus im Spannungsfeld zwischen Arbeit und Freizeit.)」
ENicole Staremberg Goy(Universite de Lausanne)
 「聖なる時間と俗なる行為、安息日の敬意のための、ローザンヌの枢機卿会議の行為(Temps saqre et activites profannes. L'action du Consistoire de Lausanne pour le respect du Sabbat(1754-1791))」
FMax Baumann(Dr. phil., Stilli)
 「16世紀から18世紀の自由時間の形成のための余地(Spielraume zur Gestaltung der "freien Zeit" im 16.-18. Jahrhundert(Ostschweiz))」

 @、AおよびBは、テーマに即して、中世から近世初頭にかけての、聖職者や都市の参事会員やツンフト親方などの支配者層の余暇のあり方や執務負担を取り扱ったもの。これに対してCは、バーデンの湯治場における、様々の階層の余暇のあり方を取り扱ったもの。Dは都市邦ベルンとバイエルンに即して、Fはザンクト・ガレン修道院領に即して、近世における宿屋での娯楽のあり方と、それに対する都市邦や修道院の対応や規制のあり方を明らかにしたものであり、Eは近世末期における安息日をめぐる議論から、近代社会への過渡期における労働と余暇のあり方を明らかにしたもの。

農民戦争350周年記念講演会

 今年はスイス農民戦争350周年にあたり、農民戦争の舞台となったベルン州、ルツェルン州、バーゼル農村州およびゾーロトゥルン州では、記念の行事や展覧会や講演会など様々な催しがなされている。但し、ベルンは盟約者団加盟6500周年にもあたるということで、ベルン州では州政府が取り組む形の大きな催しや講演会は開催されず、ゲマインデ単位で展覧会や講演会が開催されている。これに対して、ルツェルン州では、州政府の後援を受けて、ルツェルン大学とルツェルン歴史協会が中心となり、3月19日から6月26日まで連続講演会(「農民、臣民そして『反乱』Bauern, Untertanen und <<Rebellen>>)が開催され、その一環として、ズールゼー(Sursee)市立文書館との共催で、記念講演会がズールゼーの市立劇場で開催された。
 市立音楽隊の演奏の流れる中、会場に入ると、ズールゼー市長や市評議員などのズールゼー市の役職の方々や一般市民、さらにはルツェルン歴史協会に属している歴史研究者や文書館員などが多く見かけられた。昼食は市庁舎の2階にある、趣のある午餐会場で摂り、この地方の伝統的な料理と地元産のワインは味わい深いものでした。
 ルツェルン州評議員のDr. Paul Huber氏、ズールゼー市長Dr. Rudolf Amrein氏、ルツェルン歴史協会理事長Lic. Phil. Helmut Buhler氏の挨拶に続いて、午前と午後、各々2名の方の講演が行われた。講演者と題目は以下の通りです。
@Prof. Dr. Andreas Suter(Universitat Bielefeld)
 「スイス農民戦争の政治社会史(Politische Sozialgeschichte des schweizerischen Bauernkrieges)」
ADr. Gregor Egloff, Staatsarchivar des Kantons Luzern
 「戦争への二者択一?ルツェルンのミヒェルスアムト郡代官区における、農民領民と聖界支配者の決定の余地(Alternativen zum Krieg? Entscheidungsspielraume bauerlicher Untertanen und geistlicher Herrschaft im Luzerner Michelsamt)」
BDr. Marco Polli-Shoenborn
 「『上位にとどまる』−近世ルツェルン農村部の支配システムにおける、権力維持の様々の戦略−(<<Obenbleiben>>: Unterschiedliche Strategie der Machterhaltung im fruhneuzeitlichen Herrschaftssystem am Beispiel der Luzerner Landschaft)」
CDr. Andreas Ineichen
 「革新的な農民とその生き残り戦略(Innovative Bauern und ihre Uberlebensstrategien)」

@について。Suter氏はチューリヒで学位(指導教授は近現代史のProf. Dr. Rudolf Braun)を取ってから、チューリヒ大学の中世史担当の教授(Prof. Dr. Roger Sablonier)の助手を務め、教授資格論文として大著(Der schweizerische Bauernkrieg von 1653, Tubingen 1997)を公にし、ドイツの大学で教鞭を執っているという経歴を有しており、先の大著では、あくまでもスイス農民戦争を現代の視点からとらえるという基本姿勢を貫き、徹底的な文献渉猟と(主としてルツェルン文書館所蔵の)未公刊史料に基づき、政治社会史という新たな視角からスイス農民戦争を扱った。この講演においては、特に、スイス農民戦争や農民戦争指導者についての、民衆レベルのイメージの時代的変遷を社会背景と結びつけることの必要性や重要性を強調していた。しかし、全体として、大著で扱われた内容を民衆反乱の一つとして、さらに一般化した内容であり、新たな知見の提示はなかった。講演の後の質問では、現代との関連を強調しすぎることや、後の時代における民衆レベルのイメージを史実と安易に結びつけすぎることについての批判が出されていた。
AとBについて。Egloff氏とPolli-Schonborn氏はいずれも、農民領民と直接に対峙していた聖職者や中間支配者層の史料を綿密に分析することによって、極めて具体的に、彼らによる農民戦争への対応が、市参事会での決定から推測されるように固定的なものではなく、状況の変化に応じた揺れ動くものであったことを明らかにしている。
Cについて。Ineichen氏は、17世紀から18世紀にかけての農業面での改良を取り上げ、農民戦争前後の農民指導者層の生活基盤を明らかにしたが、史料上の制約から農民戦争自体とは時期的に多少ずれがあることはともかくとして、ルツェルン邦の平野地帯が対象であり、農民戦争の舞台となったエントレブーフの丘陵地帯での牧畜や酪農についての言及がなく、講演会の最後の挨拶で、この点をProf. Dr. Aram Mattioli (Universitaet Luzern)が指摘していた。