第8回  研究報告会 報告要旨

『スイスにおける歴史研究』所収の初期中世史のサーヴェイ論文
        (G.P.マルシャル)について」


報告者 斎藤 泰


▽日時:1994年10月1日(土)15時10分〜18時15分
▽場所:日本女子大学 文学部史学科演習室


Guy P.マルシャル:初期スイス史の新しい見方

(Guy P.Marschal, Neue Aspekte der fruehen Schweizergeschichte)

 B.マイヤーが展望論文を公にした1952年以来、スイス連邦成立史の研究は著しい進展を見た。建国700年を迎えた1991年に、ほぼ40年間の研究成果を総括し、新しい問題提起を試みることは、時宜にかなったことといえる。この目的で、このサーヴェイ論文は、3つの論点に絞り、初期スイス史の新しい見方を提示している。

1.Eidgenossenschaft [以下、Eidg. と略記]とオーストリア支配の関係 1291年永久同盟のラント平和同盟説を主流とする近年の研究傾向の中で、14世紀以降、ラント平和の意義が同盟網の目的や権力拡大の手段として注目されている。ラント平和政策と並んで重視されているのが、14/5世紀の錯綜した支配関係において、いかに領域支配が行われたか、という論点であり、このためには、支配組織、レーン制、担保政策を史料に即して跡付けながら、オーストリア権力、Eidg. 双方の領域支配を具体的に明らかにするこ
とが提唱されている。

2.Eidg. 内の在り方 諸同盟関係によるルースな同盟網にすぎないEidg. 内では、各Orteが独自の地域共同体として存続した。この共通理解のもとで、近年の研究は、多様に分岐した方法視点を大きな特徴となっている。社会階層や社会集団に見られる社会全体の構造変化は一様ではなく、14/5世紀の経済構造の変化にも地域差が著しい。さらに、都市および都市とラントの関係では、都市ごとに独自の構造を築き、それぞれの領域拡大政策を推し進めた。そして、15世紀になると、Eidg. 内の社会構造には、もはやどんな共通
の特徴も認められない。

3.建国伝説の評価 建国伝説、解放伝説については、歴史民俗学や城郭発掘によってその歴史実在性を問う従来の研究に対して、中世末期のEidg. の人々の意識の中に建国伝説を位置づける、という研究方向が近年注目されている。具体的には、Eidg. における神の定めによるキリスト教身分秩序の転倒像と、戦いという神の裁きに常に勝利する神の選民としてのEidg. の農民像が、15世紀に流布した建国伝説の中から浮かび上がってくる。こうした心性史的アプローチから、15世紀後半のEidg. の意識上の統合化過程を裏付け
る格好の素材として、建国伝説が高く評価されているのである。

 以上、3つの論点を簡潔に提示したのち、問題提起も方法視点も多様に分岐していること、また、長期的発展過程を考察することを改めて指摘して結びとしている。このサーヴェイ論文は、文献も含めて最新の研究動向を知る上で有益であり、とりわけ建国伝説の評価は、スイス歴史学の斬新な視点として大変印象的である。ただ、研究関心の変化とはいえ、かつて研究の中心であった1291年永久同盟の盟約過程に関する研究動向についてあまり触れていないのが、多少惜しまれる。