第12回  研究報告会 報告要旨

「H・C・パイヤーの異人歓待論について」

報告者  岩井 隆夫


▽日時:1995年7月1日(土)15時15分〜19時15分
▽場所:日本女子大学 文学部史学科演習室


 対象として取り上げたのは、パイヤー(Hans Conrad Peyer)の異人歓待(Gastlichkeit)論である。異人歓待とは理念型概念であり、異邦人(Fremde)を迎えいれ、食事を出し、宿泊させ、庇護することである。かれの議論の全容については、図1と図2を参照されたい。ここでは、市場の成立という視角と切りむすぶかぎりで、かれの議論のなかから注目すべき点をいくつかとりあげることにする。

 (1)商人宿主
 教会の祝祭日は年市や大市とむすびつくことが多かったので、教会の祝祭日に巡礼地がすでに満員になっているのを目のあたりにして、巡礼者や商人が仮小屋に泊まったり、天幕で野宿することはめずらしくはなかった。ただし食糧は自分で調達しなければならなかった。つぎに、取引がなされるのは市場広場にかぎられず、市場広場の周囲の小屋や家屋でも取引は広くなされており、そこに異邦人の市場訪問者が泊まっていたという事実がある。これらの小屋や家屋には商品が貯蔵されており、そこで契約の締結の相談がなされたり、市場開催期間以外にも契約の締結がなされたりした。こうした異邦人の商人を宿泊させる宿主のことを商人宿主と呼ぶ。かれらは客人のために取引を仲介したり、自分の名において客人のかわりに用事を果たしたりして、仲介者や問屋商人としての機能を果たしていた。商人宿主の家は屋内の自立した市場であり、さもなければ商人宿主の家での取引が市場にとって不可欠の付属現象であり付随現象であったのである。

 (2)居酒屋と市場
 中世初期の居酒屋はとくに重要な教会や世俗の定住中心地と重要な交通路沿いにあり、ぶどう酒やビールといった酒類の販売場所や倉庫として大きな意義をもち、税関の機能も果たしていた。これらの税関と倉庫は流通税を掛ける商品のためのものであったり、現物やぶどう酒などで納められる流通税のためのものであったりした。このように商品取引が展開される上で居酒屋が枢要な位置を占めたために、居酒屋は市場の前段階や萌芽であったり、一種の極小市場であったり、市場にとって不可欠の付属物であったのである。

 (3)宿屋(旅籠)と市場
 近世においても農村や市場町や小都市の旅籠の多くでは、ひとつ屋根の下での異人歓待と取引のむすびつきがいたるところで引きつづきみられた。ことに食料品、穀物やぶどう酒や家畜そして馬、および羊毛や亜麻や染色植物などの繊維業のための原料の取引は農村の旅籠でなされることがよくあった。これらの品物が農村市場にあつまるところでは、市場が開催される前やその最中やその後に旅籠で取引の決済がなされたり、取引がおこなわれた。場合によっては、近隣の市場よりも旅籠での方が大量で重要な取引の決済がなされたようである。

図1 異人歓待の分類

A 無償のもの (1) 負担者の厚意によるもの
       a 客人厚遇 (Gastfreundschaft)
     b 食糧 (Verpflegung) 抜きの無償の異人歓待
  c 教会の歓待
   (2) 受益者が強制するもの
         a 君主歓待 (herrschaftliche Gastung)
     b 領主歓待 (Gastung von Herrschaftsinhabern)

B 有償のもの (1) 支払をうける異人歓待
         a 巡礼者に対する歓待
       b 商人宿主 (Kaufmannsgastgeber)  
     (2) 商人の共同・強制宿泊 (Gemeinschafts- und Zwangsunterkunft)
    (3) 異人歓待業 (gewerbliche Gastlichkeit)
     a 居酒屋 (taverna)
    b 旅籠(Wirtshaus)、宿屋 (Gasthaus)

図2 異人歓待の歴史的変遷
 客人厚遇・・・古代から11世紀まで
     12世紀以降:衰退(→君主・騎士層の特異性)
巡礼者や商人の異人歓待・・・11世紀以降
    13世紀以降:商人歓待と居酒屋と市場のむすびつきの解体 →→→営業宿屋
 居酒屋・・・11、12世紀以降
      市場や都市の前段階や付属物
     13世紀以降:市場や都市と競合、移行     →→→営業宿屋
 教会の異人歓待・・・11世紀末以降
    中世盛期以降:分化(→富裕者や権力者に限定)
商人や旅人や貧者の場合は移行       →→→営業宿屋
 君主歓待・・・11・12世紀の変わり目まで
    12世紀以降:排除、移行      →→→営業宿屋
 営業宿屋・・・13・14世紀の変わり目以降
      他の異人歓待の形を圧倒
     登場の背景
       A 都市当局(ツンフト)の経済政策
       B 商業技術の変化
       C 集落(都市・農村)の他の家をさまざまな歓待の負担から免除