第18 回  研究報告会 報告要旨


『市場と権力−スイス農村市場史からのアプローチ』

岩井 隆夫


▽日時:1997年6月28日(土)14時10分〜18時30分
▽場所:日本女子大学 文学部史学科共同演習室


 本報告では、市場と権力というテーマがどの程度の広がりをもつテーマであるか、またこのテーマをスイス農村市場史の観点からアプローチする意義を取り上げ、個別研究に至る展望を示した。

【視角と方法】
 市場経済のあり方をめぐる議論は、現代における社会科学の最も重要なテーマの一つである。このテーマについて、あくまでも個別の実証研究を通して歴史的にアプローチするというのが現在の段階での問題意識である。
 市場構造については、市場取引と市場地と市場システムという三つの異なるレベルの概念を、権力構造については、社会権力と国家権力と国家という三つの異なるレベルの概念を設定することが重要である。
 中世都市史は、制度と権力の両面から中世都市の成立を明らかにするとともに、中世後期における市場の展開を明らかにしてきた。また、農村市場史はヨーロッパの都市・農村市場の局地性を明らかにするとともに、都市をふくめた市場システムの閉鎖性と開放性を明らかにしてきた。
 H・C・パイヤーの異人歓待論は、都市市場の萌芽および不可欠の付属物として、私人の家や商人宿主や居酒屋や宿屋などにおける多様な市場取引を明らかにするとともに、居酒屋の多様な機能を継承した都市が一大居酒屋として、禁制圏を武器とした都市内および周辺農村に対する支配を展開したと述べている。


【スイス農村市場研究史】
 H・C・パイヤーの農村市場研究は、中世についてのH・アマンの研究と近代以降についての民俗学の研究の狭間を埋める研究であり、主としてベルン、チューリヒ、ルツェルンの有力都市邦における農村市場を対象としている。スイス盟約者団の国家形成と中世都市の建設終焉が近世における農村市場の展開をもたらしたこと、市場地の編成を通して都市邦が領域内の経済運営を行ったことを、パイヤーは指摘した。但し、パイヤーは、農村邦やフランス語圏スイス全域については、ほとんど文献にもとづいた言及にとどまっており、また販路の問題については、対象としていない。
 A・ラデフの農村市場研究は、18世紀を中心としたフランス語圏スイスを対象にして、グローバル経済という概念を用いて、農村における市場ネットワークと国際的な市場ネットワークとの関連を浮き彫りにしている。また、行商人による市場取引についても立ち入った言及を行っている。


【農村市場の成立−18世紀アペンツェル・アウサアローデンの市場町と市場村落群−】
 アペンツェル・アウサアローデンの農村市場については、かつて非市場取引と市場制度の関連ということを中心にして公にしたことがある。ここでは、さらに市場制度の担い手として関わってくる社会層として、一つは農民、もう一つは亜麻織物業に従事する手工業者や商人を取り上げる必要があること、また、領域の国家形成に関わったザンクト・ガレン修道院と農村邦アペンツェルを取り上げる必要があることを指摘した。

【農村市場と都市の対抗−農村邦アペンツェル・アウサアローデンと都市ザンクト・ガレン−】
 都市と農村の対抗という問題を、18世紀を中心にした時期について、亜麻織物業をめぐる都市ザンクト・ガレンと農村邦アペンツェルの対抗という形で、具体的に明らかにする必要があることを指摘した。 

【農村市場の公認−18世紀都市邦ベルンの市場村落ズミスヴァルト−】 
 1725年のズミスヴァルトの週市開催の公認をめぐっては、都市邦ベルンの市場政策上では、市場の公認を阻む理由は存在しなかったにもかかわらず、周辺の小都市のみならず既存の市場町や市場村落もが、村落ズミスヴァルトの市場開設の公認を阻止していった歴史的事実を史料にもとづいて明らかにする必要性があることを指摘した。

【都市を農村市場へ−1653年スイス農民戦争期の小都市ヴィートリスバハ−】
 1653年のスイス農民戦争末期に、反乱農民軍の結集していた小都市ヴィートリスバハを、都市ベルンを中心とした鎮圧軍が破壊し、さらに都市法を剥奪したという歴史的事実を史料にもとづいて明らかにする必要性があることを指摘した。