[第33回]

「ロマンシュ語とLia Rumantschaの活動について」

報告者  長谷川 秀樹


▽日時:2001年3月3日(土)14時15分〜17時15分
▽場所:日本女子大学文学部 共同演習室(6階)



「ロマンシュ語とLia Rumantschaの活動について」

1:ロマンシュ語とは

スイスの「国語」の一つであるロマンシュ語はレト・ロマンス語とも呼ばれている。
スイス憲法ではフランス語版ではロマンシュ、ドイツ語版ではレト・ロマンスと表記されている。言語学上、ロマンシュ語とレト・ロマンス語は同一のものではない。レト・ロマンス語とはアルプス渓谷にあるロマンス語の古い形態をとどめた「言語群」をさし、スイスだけでなく、イタリア・アルプスにも分布している。ラディン語、フリウリ語などがこれにあたる。レト・ロマンス語群は統語論から見れば、イタリア語よりはフランス語に近似のロマンス語である。一方、ロマンシュ語(「グリシュン・ロマンシュ語」)とは、レト・ロマンス語群のうちのスイスで話されているものの総称である。グラウヴュンデン(GR)州だけでこの言語は使用されており、州内の渓谷別に5つの方言スルセルヴァン、ストセルヴァン、スルミラン、プテ
ール、ヴァラデールがある。
しかし、レト・ロマンス語=口語、ロマンシュ語=文語という分類もある。そもそもロマンシュ語の概念が一般化されたのは、1970年代にこの5方言とは別個の正書法が形成されたときである。この正書法によるロマンシュ語が「グリシュン・ロマンシュ語」である。GR州で公用語とされ、また州内の学校で教育されているロマンシュ語はこの「グリシュン・ロマンシュ語」である。

2: スイス連邦・GR州とロマンシュ語

2-1: GR州とロマンシュ語

GR州は古代、ケルト系のレト族がすむ「レチア」と呼ばれる地域だった。レト・ロマンス語の「レト」は、この民族名から来ている。その後ローマに支配され「ラテン化」する。やがて群雄割拠の時代を迎え、中世以降、東方からのハプスブルク家の脅威を受けることになる。
その反ハプスブルク同盟がグラウヴュンデンの始まりとなる。19世紀にはイタリア語圏(アルプス南側)を加え、スイスに加盟する。
こうした歴史的経緯からGR州には3つの主要言語がある。ドイツ語、イタリア語、そしてロマンシュ語である。この3言語が州の公用語である。しかしそれは地理的に偏在しており、ドイツ語は都市部・低地、イタリア語はアルプス南側の高地・渓谷、ロマンシュ語はアルプス北側の高地・渓谷で用いられている。結果として、言語人口で見れば都市部を占めるドイツ語が65%と最も多く、イタリア語11%、ロマンシュ語17%となっており、ロマンシュ語はGR州では少数言語の地位に甘んじている。また、ロマンシュ語の人口比が相対的低下している。
19世紀半ばには州のロマンシュ語使用人口は40%であった。これは近代以降ドイツ語話者のGR州の都市部へ流入したことによる。
GR州は3つの言語を抱え、しかもその分布には偏りがあるので、言語政策は基本的にコミューンに任されている。GR州自体は言語政策を有していない。この州が3公用語であるのは、法律などで定めたものではなく、州内のコミューンが公用語と定めているのが、この3言語だからであるにすぎない。
コミューン別に見てみると、言語使用に偏りがあることがわかる。ドイツ語圏のコミューンではドイツ語のみが使用されているのに対して、ロマンシュ語圏は二言語(ロマンシュ語とドイツ語)、伊語圏は三言語状態である。つまり、この州では領域性原理が成立せず、ドイツ語一言語への同化の危機がある。

2-2: スイス連邦とロマンシュ語

一方、2000年に発行したスイス新憲法では、第4条でドイツ、フランス、イタリア、ロマンシュ語は国語と規定され、これは従来からの規定と変わらないが、さらに、第70条でロマンシュ語は連邦業務がこの言語の話者を対象とする場合において公用語とされている。またスイス連邦はロマンシュ語ならびイタリア語の保護促進のため、GR州に特別措置をとるとし、これは同時にGR州にイタリア語、ロマンシュ語を保護することを義務付けるものとなっている。連邦政府はロマンシュ語の保護促進に積極的姿勢を見せ、年間関連予算700万スイスフランを計上している。

3: Lia Rumantschaとその活動

少数言語ロマンシュ語の保護、再生、促進に中心的な役割を果たしてきたのが、Lia Rumantscha(ロマンシュ同盟)と呼ばれる団体である。設立したのは1919年で比較的伝統的な団体である。非宗教で政治的には中立のロマンシュ語関連諸団体の連合組織という位置づけである。主たる目的は、設立当初「グリシュン・ロマンシュ語」の正書法の確立だったが、現在はこれの促進・普及や地域的社会・文化活動の支援などに移っている。財源は連邦とGR州の補助金、民間・公的団体の支援、寄付、協賛金、自主財源(主としてロマンシュ語の教材や本の販売、授業料、講演料など)が主で、年間予算300万スイスフランである。

まとめ

多言語国家のなかのさらに多言語州にある少数言語ロマンシュ語は、ドイツ語への同化の危機は完全に脱したとは言い切れないが、「少数言語の保護」という観点、あるいは「文化的多元主義」の観点から見れば最も成功している一例と言えるだろう。だが、スイスとの関連で言え
ば何が言えるのだろうか。つまり、全人口の1%に満たない(移民人口より少ない)ロマンシュ語に公用語の地位を与え、補助金を出してまで保護に力を入れることは、スイスにどのような意義を与えるのか。今後は、もちろん少数言語の政策面という実践的側面はもとより、スイスあるいは国家と少数言語との関わりという認識論的な考察も深めることが必要に思われる。