[第68回]

「ミナレット(イスラム寺院の尖塔)の建設に反対する」国民イニシアティヴ」

報告者 関根照彦


▽日時:2010年3月6日(土)14時〜
▽場所:早稲田大学早稲田キャンパス(8号館501会議室)



20世紀の後半、特に1970年代以降、スイスではイスラム教徒の数が激増し、それにともなって、イスラム教・イスラム教徒をめぐるさまざまな差別や社会問題が発生している。職場や公立学校におけるスカーフの着用問題、宗教的理由に基づく水泳などの特定授業の拒否問題、公営墓地における埋葬問題などがそれである。2005年以降、ヴァンゲン・バイ・オルテン(カントン・ゾロトゥルン)、ランゲンタール(カントン・ベルン)、ヴィル(カントン・ザンクト・ガレン)などの各地で展開されたミナレットの建設に対する反対闘争もそのような例に含まれる。これらの問題に対処するため、連邦政府やカントンは積極的な同化政策や対話の努力を推進してきたが、その成果は必ずしも十分ではなく、国民の間では「忍び寄るイスラム教化」に対する不安も広がっていた。

このような状況の下で、右翼政党=スイス国民党(SVP)の主導の下に、2008年、「ミナレットの建設に反対する国民イニシアティヴ」が連邦官房に提出された。それは、「ミナレットの建設は禁止される」という条項を連邦憲法72条に追加することを要求するものだった。イニシアティヴ委員会によれば、ミナレットの建設禁止は、「スイスのイスラム教化」と「連邦憲法に保障されている自由や基本権とイスラム法であるシャリアとの不可避的な衝突を避ける役割を果す」ものだった。彼らは、ミナレットは「宗教とは何ら関係ない」ものであり、それは「イスラムの政治的・社会的権力の要求のシンボル」なので、建設を禁止することはイスラム教徒の「宗教の自由」を侵害することにはならないと主張した。

これに対して、連邦政府と議会は強く反対し、有権者に対して法案を否決するよう勧告した。政府は、ミナレットの禁止はスイスの「宗教的平和を危険にさらす」ものであるとして、次のように述べた。「(スイスで暮らしている)イスラム教を信じる圧倒的多数の人々はスイスによく同化し、スイスの法秩序・社会秩序を尊重している。ミナレットの禁止は、これらのイスラム教信者にとっては拒絶を意味するだろう。拒絶は、忠誠心の衝突と対立を引き起こす危険があり、忠誠心の衝突と対立は、イスラム過激派グループに利用される可能性がある」。政府によれば、法案は連邦憲法と、スイスが締結している「国際人権条約」が保証する「宗教の自由」と「差別の禁止」規定に違反するものだった。

多くの学者もこの法案に反対し、人権保護団体、(キリスト教の各宗派を含む)宗教団体、救済団体なども反対運動を展開した。

国民投票のキャンペーンで特に問題となったのは、(法案支持派による)差別的・扇動的なポスターを用いたキャンペーン運動だった。2009年11月29日に実施された国民投票の結果、法案は、事前の世論調査の予想を覆して、有権者の58パーセントの賛成をもって可決された。投票結果の分析調査によれば、有権者が法案に賛成票を投じた最大の要因は、「イスラムの拡大とイスラムの社会モデルの拡大の兆しに対する反対」だった。