[第82回]

「スイスのチーズとその歴史」

報告者 藤野成爾


▽日時:2015年3月20日(金)17時〜19時
▽場所:ル・セルクル・デ・アントレ



スイス人はチーズ好きで、仏、伊、独、蘭と並び1人当たりの年間消費量は約20kg、日本の約10倍である。著名なのは「山のチーズ」と呼ばれる、大型で硬い旨味のあるチーズである。アルプス山中、例えばグリンデルワルト周辺にも多くのチーズ製造熟成小屋(シャレー)が点在し、夏季には容易に訪れることができる。

ヨーロッパの多様なチーズはその製法の違いによって分類されている。チーズの製造のステップには@乳をヨーグルト状に固める、Aある程度水切りをして形を整える、B熟成させる、3段階がある。乳を単に固めただけのものがヨーグルト、それを水切りしたものがフレッシュチーズ、熟成させたものが所謂チーズである(その中にカマンベールのような軟らかいソフトチーズとグリュイエールのような旨味が特徴の硬いハードチーズがある)。これらチーズは乳酸菌や酵素類が活動し続けている言わば生きている食品である(日本ではナチュラルチーズと呼ぶ)。因みに日本に多いプロセスチーズは、ハードチーズを加熱殺菌処理したもので、乳酸菌や酵素が活動しない加工保存食品である。

スイスを代表する「山のチーズ」は、ハードチーズで、より硬いものから順に、主なもとして、スプリンツ、グリュイエール、エメンタール、アッペンツェル、ラクレットなどがある。いずれも近年はアルプス山中ばかりでなく台地部でも大規模に製造されていて、アクセスが容易で見学可能な施設も多い。例えばスイス国鉄グリュイエール駅前には、立派なグリュイエール製造工場があり、しかもそこからバスで10分ほどの山中では、昔ながらの山小屋でのチーズ造りを見ることができる。

これらスイスチーズの特徴の第一は、欧米他国の大部分のチーズ製法とは異なって、乳を加熱殺菌することなくチーズ造りに使うという伝統的方法を守っていることである。これは、牛の餌となる放牧地の草花や環境微生物によって熟成中に産地固有の複雑な風味が生まれることに繋がっている。また乳を固める際に、米国などで広く使用されている遺伝子組み換え酵素の使用も禁止している。特徴の第二は、熟成期間が長い(数ヶ月以上が多い)ため旨味が凝縮している他、健康に役立つ種々の微量成分が多く含まれており、なお且つ、保存性が良いことである。

スイスのチーズの歴史はケルト人がいた頃からといわれている。古代ローマの支配下にあった頃、兵隊の食料として少しはハードチーズがあったようだが、中世前半頃までは、山羊乳から造った軟らかいフレッシュチーズが主体だったらしい。中世後半になって牛の飼育が始まり、穀物生産から収益性が高い牧畜へのシフトが始まった。やがてアルプの草地も利用した「山のチーズ」が現れ始め、16〜17世紀にはグリュイエールやスプリンツが、他国のものより硬くて保存性が良い旨いということで、仏、伊、蘭などに輸出されスイスチーズの名声が高まった。18〜19世紀には、アルプも中部台地も広範囲で牧草化し、台地に規模の大きなハードチーズ製造所が多数出現した。19世紀末〜20世紀前半は不況下で移民が世界各地(独、仏、ギリシャ、露、北欧、北米)にスイスチーズの製法を広めた。20世紀後半には周辺国から多種のソフトチーズが流入し、スイスとしては国を挙げてハードチーズの品質向上の目指し、今日世界のトップレベルを維持している。2013年からは、欧州連合の原産地呼称制度を準用し始め、多くのチーズにそのAOPマークがついている。元来チーズは夏に作り冬の備えとしたもので、現在も夏季に高地で放牧された牛が初秋に山から下りてくる頃には、各地で「牧下り」の祭りや、「チーズの分配」の行事がある。

当日の試食チーズ
スプリンツ、アッペンツェル、テット・ド・モワンヌ、モンドール